予期していなかったことが起きてしまった。松山千春のPA ミキサーを
やることになってしまった。春のツアーにオブザーバーとして同行して、
気を使いつつサポートしてあげたつもりでいたのだが、才能なかったのか
全く進歩が感じられなかった。それよりもどこか反抗的でもあったのが気
になっていた。本人に言わせれば「オレはトーシローじゃねえ」という事
なのだろう。そうなのかもしれない、千春のデビューから一緒にやってき
た。それが誇りだった。それが彼のプライドだったのだろう。
何故か謙虚になれなかった。この辺が身の程知らずなんだね。残念です。
はっきり言ってこれはプライドとはいわない、ただの「思い上がり」に過
ぎない。
誰にでもあることなのだが、仕事に慣れ、少し自信なんか持ち始めた頃ね。
お互い意見の行き違いや、好みの問題が出てくる。そんな時だね、自信持
って発言したつもりが相手はそう受け取ってくれない時がある。「ワカッ
テナイくせになまいきだ」こんな場合ですね。
つい意地をはったというか、口がスベッタというか、自分で自分の作った
罠に落ちることになってしまう。血気さかんな若者にはそんな事は気付か
ない。気が付いたときには「後の祭り」で取り返しのつかないことになっ
てしまう。
「プライド」と「思い上がり」表裏一体なんだ。これが、優秀で将来性あ
るというなら、少しぐらいの生意気は「しょうがないやつだ・・・」なん
て許されるものなんだが・・・。
私自身の責任?、そんなことを考えなくもなかった、なぜかすっきりしな
かった。
どうもその辺を巧みに付け込まれた感じがした。事務所から半ば強制的に
「ツアーをやってほしい」と言われた時「責任とれって言うの?」陰謀だ
ったのかもしれないと思ったね。
でもそんなことはどうでもよくって、ツアーに参加することになりました。
実際やってみたらとっても面白くて、評判もよかった。いい気分でやって
ました。
しかしきつかった。この時、井上陽水と、うじきつよしの「子供ばんど」
のレコーディングをしていた。コマーシャルの仕事も、すきまを埋めるよ
うに見事に入ってくる。何故か忙しい時って何時もこうなる。
ツアーから東京へ戻ってスタジオへ直行がたびたび。家に帰れないことも
あった。着替えを持ってきてもらい(当時埼玉県入間市在住)また旅に出
るという、何とも地獄のようなスケジュールだった。
これをきっかけに10年に及ぶ付き合いをさせてもらった。この間にシング
ルのベスト盤「起承転結」を含め、アルバム15枚録音した。