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深いみぞ

 床にぶちまけたジグソーパズルを、拾い集め、組み立てる。やがて一枚の絵が
完成する。ご承知の通り二通りの絵は出来ない。市原さんの言う「物語は一つ」
ミキサーの仕事はまさにこれだ。
 それはとても単純な物理的作業に過ぎない。その仕事がオトを越えたところで
評価される。それがミキサーだ。
 録音の価値観、いつの頃からか急激に変りました。新しい音をつくりたい。人
と違う音をつくりたい。注目される音をつくりたい。ようするに自分の個性を出
したいということですが、このサジカゲン如何によっては、音楽を破壊してしま
う傾向にある。市原さんからのメールです。


「個性的」というヤツはくせ者ですよね。「個性的」というのは「自分が生きる」
という世界だけど「自分が生きる」ではなくて「人を生かす」という行為の中に
こそ「生きる」という意味が見いだされるような気がする・・・それは不思議な
ことです。

 そして、こうも言います。
自分のものを主張するために人を土台にしてしまうというのは、全ての創作的
作業に付いて回る一番大きな誘惑だと思います。


 ミュージシャンとは思えません・・・。哲学者の言葉ですね。一歩間違えば、
よそのテリトリーに入り込んでしまう可能性があるということでしょうか。危険
なことなんです。
 それぞれことなった分野の才能が寄り集まってつくり上げる仕事。意にそぐわ
なくとも、やらなければならない時もある。自分をおさへなければならない時も
ある。その場の空気を感じとれるのも技術の内だ。これが総合芸術ってものだろ
う。
 イイ音で録音するには、イイ音が出ていることなんだが、ミキサーがどうして
も思い通りにならなくて、つい本音が出て「こんな音ではイイ録音はできない」
と、口がすべったらどういうことになるか。間違いなく殴り合いになりますね。
人の領域に入り込んでしまった。テリトリーの侵害です。
 私は、ミュージシャンとエンジニアの間にはイイ意味での深い溝があると思っ
ています。これはお互いのテリトリーの境界線とは少し違った、もっと人間的で、
どこか危ういが、血の通った、そんな精神的意味合いがあります。
 ミュージシャンだけでなく、プロデューサーやディレクターに対しても同じこ
とがいえます。
 ミュージシャンとエンジニアの間の深い溝。この溝は永久に埋めることは出来
ない。そこに自分で橋を掛けるのだが、少し雨が降っただけで流される危険があ
る。丈夫な橋を掛けるとヒビが入りやすくもっと危険。この危ういところと背中
合わせに「信頼」があると思っています。

 それにしても、こういう話はどう論理的に言おうが「余計なお世話」で、早い
話がどうでもいいことばかりで・・、どうも・・、自分でもココロの奥がグッタ
リするのだが、開き直って、もう少し勝手なことを言わせてもらいましょうか。
 度々書いている通り、もはやミキサーという職業は専門職ではありません。
全てコンピューター一台で出来上てしまう時代です。当たり前のようにミックス
まで作曲家やアレンジャーの仕事になってしまいました。
 ディジタル技術の普及によって、その録音はプロとアマの差がなくなった、と
よくいわれています・・・。しかし、実は・・・歴然とした・・・差があります。
確かに斬新な音づくりや、アイデアを感じるものもある・・・。「本職がつくっ
たのは当たりまえでツマラナイよ」「これでいいんだよ」そんな声がオトから聞
こえてくる。
 ハードディスクレコーディングシステム。高性能になってどんどん安くて便利
になった。そしてこの不景気です。経費節減の為の救世主となって一気に普及。
ヘボミキサーは真っ先にリストラの対象になる。さあ、こうしてはいられない。
ミキサーがミキサーとして生き残れる為には・・・。
 市原さんの言葉は、いち、ミュージシャンの言葉ではありません。全てのミュ
ージシャンを代表しての言葉と思っていただきたい。 おわり。

市原康さんへ。
ちょっとしたメールのきっかけで、とても意義のあるお話に発展していったこと
に感謝します。メールはさらに続いたのですが、その辺は、別の話の時に引用さ
せて貰うつもりです。ありがとうございました。


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