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物語はひとつ

 何かと冷え込んでいる世の中です。私たちミキサーの世界、いや録音の世界、
つまり音楽業界なんですがキビシイのです。
 いかに録音時間を短縮するか〈制作費の大半はスタジオ料金〉いかに楽器編成
を工夫して人数を減らすかそんな努力をしています。その証拠に「生の音」中心
の録音が極端に減りました。
 めざましい録音機器やオーディオの発展はエンジニアのアイデンティティーを
大きく変えてしまった。毎度しつっこく言っているのですが、沢山の機材を持ち
込み、これまではエンジニアの「企業努力」と好意的に受け止められていた事が、
時間をかけ、こだわってやっている割には結果に表れない。その機器料金はバカ
にならい。時節がら当然問題になる。
 このことはいまさらのことではなく、既にシビアな目でみていた人は多かった
のだが・・・。もうパフォーマンスとハッタリの時代ではない。イイ仕事して当
たり前。それなりの覚悟して取り掛からないといけない。
 ドラマーの市原康さんからこんなメールを頂いた。私くし、その内容に大いに
「ドキリ」とするものを感じました。承諾を得ましたので、ほぼ原文のまま載せ
ることにしました。


ミキサーとのやりとりでいろいろなことを考えさせられます。ミキサーという仕
事もミュージシャンと同じで、やはり、その考え方によって大きくその仕上がり
の感じは変わってくるようです。そこでいつもミキサーと、そのコンセプトの確
認はできたらいいなと思います。
ミキサーがあるものを創造「クリエイト」しようとするときに、僕は何か違うも
のを感じることが多いようです。
ミキサーがその素材を使って何か「自分のもの」を作り出そうとしているとき、
その音を聴いていると非常にフラストレーションを感じることが多いですね。そ
れよりも、そこで起こった「出来事」を如何に音として「再現」するか、そのよ
うな立場で音作りをしてくれるときは、その音の方向性も共通したものを感じる
ことが出来るように思います。出来上がった音は「素材」ではなく、変えようの
ない記録であり、そこには既に、「あるもの」が出来上がっている・・・。そこ
に隠れているものを如何にはっきり外に表してくれるか・・・そんなことを僕は
ミキサーという役割に期待しています。
結局、これも考え方なんですよね。ですから、そういうところでまず一致できな
いと一緒に「あるもの」を作り出すと言うことはなかなか難しいようです。


 ずばり、録音の基本を言っているのです。「そのまま録音してほしい」「余計
なことはするな」と。おおかた、音楽の方向を見定めずに「何かしなければ」と
手が先に出てしまう。化学調味料でもふりかけるように、訳の解らない機材をい
じりまわす。それが殆どマト外れなのだろう。

「結局これも考え方なんですよね」
 この言葉に妥協点を見いだすことが出来ないでもない。その記録をミキサーが
いかに手を加えようが変えられるもではない、と聞こえなくもない。
いや、この言葉の裏にはもっと大事な意味が隠されている。メールは続きます。


こういう人がいました。
レコーディングをして、その後、いろいろな種類のミキシングをして楽しむんだ
そうです。何回もやって、それがどんどん良くなるんだそうです。いろいろな
「実験」イコール「遊び」をしているようでした。僕はその話を聞いたとき、
直感的にそれは違うと思いました。一度テープに固定したものは、あとはミキサ
ーの手の内にあります。それはミキサーにとってはものすごい誘惑の世界である
ような気がします。これらの「駒」を自由に扱って「僕」の世界を表現する・・
という。先にも書きましたが、そこに出来上がっている「物語」はいろいろ解釈
できるものではなく「ひとつ」だと思うんです。演奏者はそれを知っています。
たまに意見の食い違いがありますが、出来上がったものに対しての印象というか、
そこでの出来事に対する解釈で、そんなに食い違いを感じることはあまりありま
せん。
僕はミキサーにも同じ位置にいてほしいと思っています。音楽家一人ひとりの個
性が真に発揮されるのは相手を尊重した結果に「してしまう演奏」・・・そうい
うときに、実は自分の個性が良い意味で発揮されているのだと思うのです。そし
て、ミキサーも然りだと思うのです。


 私はこれを読んだときは「バシィッ」と頬を叩かれるオモイでした。音楽家と
ミキサーの精神のとことろに話はふれています。同じ景色というか、色というか、
そこでの出来事をしっかり感じてくれる・・・。
 私はこのメールのやりとりで度々ディレクターの存在をあげていました。その
場の仕事を仕切る責任者です。映画でいえば監督ですね。
 このディレクターは、アーティスト、ミュージシャン、アレンジャー、エンジ
ニア等と、ことなった位置にいます。この視点からのディレクションは、ややも
すると、入り込み過ぎて、視野が狭くなっている時も、ワルノリしている時も、
いろんな意味でイイ刺激を与えます。
 アレンジャーやミュージシャンがディレクターを兼ねることも多いのですが、
私はとても重要だと思っています。
 リストラが横行している世の中、居ても居なくてもいい人は、居なくていいの
ですが、優秀なエンジニアが育つには絶対優秀なディレクターが必要なんです。
 この人達が市原さんが望むミキサーを育ててくれるのです。

「物語はひとつ」美しいことばですね。さらにメールは続きます。


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