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ウルサクナイ?

 このひと月くらいの間に映画を6本観た。勿論映画館で。邦画4本。洋画2本。
私は映画大好きですがテレビでは観ることはない。映画は映画館で観るように作
られているので、正しい形で観るのが礼儀。なんと言ってもあの空間がたまらな
くイイのだ。
 テレビドラマなど、数多くの仕事をさせて貰っている。自分が担当したものは
心掛けて観るようにしているのだが、観れないことのほうが多い。そんな場合、
録画していたのだが溜まる一方なのでいつの頃からか止めてしまった。
 もともとテレビは殆ど観ない。音楽を聴いているか本を読んでいるか寝ている
かだ。
 今回観た映画に限らず、最近気になっている事がある。これまであまり気にし
ていなかった事だ。結論から言うと、音楽や効果音が大きくて、セリフが聴きと
れない。今回観た邦画4本とも同じ印象を受けた。
 ある映画関係の人にその事を質問してみた。どうやら「傾向」だという。
「ハリウッド映画の影響では」というのだが「なにをいまさら・・・」と思いな
がら、洋画2本観たのはその確認だった。チェックのことを忘れて大いに楽しん
でしまった。とてもイイ映画だった。

 字幕を読んでいるからセリフが耳に入ってこなくても何の問題はない。最初か
らセリフに神経がいっていないから聴き取れなくもストレスはない。迫力あるサ
ウンドは大いに楽しめる。多分、傾向とはこんな受け止め方なのだろうか。
 現在のテレビもバックグラウンドの音楽や効果音が大き過ぎて「セリフやナレ
ーションが聞き取れない」そんな声が多くなっている。
 私が問題にするのは音楽が「ウルサイ」と受け止めたところにある。音楽関係
の私にとってこれは由々しき問題なのだ。
音楽が小さすぎるという事も由々しき問題が生じる。これでは酬われないという
ことがある。

 順調に進んでいた録音現場が突然修羅場と化すことがある。「音楽が違う」と
監督の一声で変更しなけらばならない時だ。大概の場合大きな問題もなく処理さ
れていく。ところが、どう手を変え品を変えても首を縦に振らない場合がある。
 場面背景や登場人物の精神世界まで入り込んでいってしまい、話は抽象的でや
やこしい。もっとも悲惨なのは、お互い感情的になってしてしまうことだ。場合
によってはミュージシャンや写譜屋さんを待機させ書き直し。大変な思いをして
出来た音楽が、完成を観たら殆ど聴こえない・・・。
 結果的に気に入らなかったのか、最初からの計算通りなのか真相は解らないが
「あの騒ぎはいったい何だったのだろうトホホホ・・・」となる。

 コマーシャルなんかでも日常的に「音楽が小さ過ぎません?」というのが当た
り前だった。これを逆手にとって、録音時の少々のミスやキズは「どうせ聴えな
いから」とOKにしてしまう場合も多かった。
 セリフが不明瞭だからと言って「物語の筋が解らない」ということはないのだ
が音楽が「ウルサイ」という印象はマイナスになってもプラスにはならない。
「芸術的」のつもりが「ウルサイ」では悲しくありません?。
 大きくする所はおおいに大きくしてもらいたい。そこにはデリカシーとセンス
を感じさせて貰いたいものだ。


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