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音楽的『オト』について考える
---煮るなり焼くなり---


 「オトではないんだ」と言って、誤解されても困るのでお断りしておきます
が、現在のデタラメでキタナラシイ、音楽のかけらも感じられないオトを容認
するものではない。そこのところ分かっているね。
 「イイ録音するにはイイ音が出ていることだ」ミキサーがこんなことを言う
と「ヒトゴト」のようで、しかも「無責任」と受けとめられそうだが、私には
どうする事も出来ない部分だけにどうしようもない。
 スタジオでクラシックのピアノの録音をしようとすると必ずこの問題が発生
する。「ピアノがよくない」と100%ピアニストからクレームが出る。
いきなりのクレームはこの先の録音が思いやられてくる。
 調律師は時間をかけて調律し、アクション部分もベストコンディションに
調整していく。だからって音までよくなる訳ではない。人間一人ひとり性格が
違うように、楽器もそれぞれ音が違う。そして弾き手が替わると全く別の楽器
になってしまう。自分の音楽を正しく表現するには、イメージ通りの音で鳴っ
てくれることだろうとけど、さてさてそんなピアノって存在するのかなと思っ
てしまう。

 何を規準に「駄目」と判断するのか。私が日頃使わせてもらっているスタジ
オには、そんな烙印を押されるようなピアノはないと思っている。だからって
最高と言うのも残念ながら現在のところない。漠然と「あそこのはイイ」
「ここのはヨクナイ」といってるだけ。音楽のジャンルにもよるだろうけど、
どれも個人的な好みの問題だ。
 なのに「駄目」というからには、普段とってもいいピアノを弾いているので
はないだろうか。だったらその楽器を持ち込んでくれればいいのだが………。
だから楽器の問題でもなんでもなくて、理想をいっているにすぎないのだ。
響きのよい気持ちイイホールのような、そんな夢見るようなことをいっている
だけ、ようするにただの我がまま。

 そうかと思えば、そんな楽器のことは「ワレカンセズ」という感じで、弾い
てしまう凄い人もいる。聴く者をいきなり自分の世界に引きずり込み、楽器の
ことなんか意識させない。かなり自分の演奏に自信がないと「あとは煮るなり
焼くなりご自由に」なんて言わないよ。………イイカゲン?ともいえるか。
冗談ですが、これがプロだと思う。そのくらいの自信というかハッタリという
か、でないとイイ録音は出来ないもんなんだ。

 楽器の問題はさておいて、もっと大事な事がある。きちっとクラシックピア
ノの録音するのならスタジオで録音することはありえない。この曲ならここの
ホール。これならどこそこのホール、というふうに、その空間の響きが音楽の
持つイメージと密接だ。だからって、その辺をキッチリと分かっている人がい
るのか、といえばかなりあやしい。イメージだけでかなりイイカゲンなのだ。
 いずれにしろ、こんなにはっきりしたイメージを持ちながらスタジオで録音
するからには、その辺のこだわりは持ってはいけないはずなのだが、世の中そ
うは簡単に割り切ってくれないから困る。

 劇伴の録音だった。クラシックのピアノのコンサートのシーン《主人公が既
に始まっている会場にそうっと入ってくる》そこに使われる。
あらかじめスタジオで録音し、撮影はこの音をプレイバックしながらシンクロ
撮影となる。映像は実際のホールだから、当然ホールでのレコーディングとい
うイメージで録音した。

 ピアニストは調律が終ったばかりのピアノを確認していた。問題カ所を指摘
し、再調整を繰り返している。こんな調律師とのやりとりから録音のヒントに
なることがある。セッティングしながらそれとなく聞き耳をたる。
 調律は完全に終ってピアニストは本格的な練習に入った。私はこの間に迅速
にいろいろなチェックをする。ピアノとメインマイクロフォンの距離。拡がり。
音質。同じようにアンビエンス用マイクもチェックする。

 メインマイクの位置を少し動かす。最初のセッティングよりやや遠ざける。
アンビエンスマイクも離したいのだが部屋の広さに限界がある。思い切って壁
に向けた。つまりピアノに背を向けている。こうすることで見掛け上の距離を
かせごうという考えだ。
 壁に向けたことで距離感は出たが、サウンドが気に入らない。イコライザー
でイメージするところまで処理してみた。部屋のせいなのか、いい感じになら
ない。もっとスッキリしたマイクロフォンと交換しようと思ったが、多分大し
て変わらないだろうと思ってこのまま使用することにした。

 アンビエンスマイクのイコライザー処理はほどほどにし、メインマイクとの
バランス関係は、部屋の響きが一番自然に聞こえるあたりにレベルを決めた。
これ以上アンビエンスマイクのレベルを大きくすると、距離感はイメージに近
くなるが、全体のピアノのサウンドが犠牲になる、という微妙な位置だ。あと
は人工的な力を借りるしかない。
 レキシコンのディジタルリバーブ「ミディアムホール」とEMTの鉄板エコ
ーを加える。多分この処理はピアニストからクレームが出ることが考えられる。
多くのクラシック演奏家達は、この人工的になるのを嫌う。理由はなんなのか
私にはよくわからない。何れにしろ大げさに出来ない。スタジオ録音で具体的
なホールのイメージをいわれたら人工的にならざるを得ないのだが。こうして
サウンドチェックは終り本番を待った。


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