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NANZOYA

 ノイズリダクションの使用は、オーディオ的に犠牲が大きすぎた。だから出来
るだけ使わないことに限ったのだが、今度はテープヒスとのたたかいに終始する
ことになる。
 対策として何をしたか。ひたすらレベルを高く録音することだった。
 そんなだからアシスタント始めコントロールルームにいる人たちは、メーター
の針が「赤に入ったまま戻らない」と忠告してくる。私は「聴いていれば分かる」
と知らん顔。それでも「針が・・・」とうるさい。「見ちゃいけない」とメータ
ーに紙を張って目隠をしをした。
 もともとこだわらない人だから、そのうち面倒くさなってどうでもよくなって
くる。他にやることあるしね。こういうことってとっても疲れちゃうのね。

 そんなことと同時に、各マルチレコーダーのキャラクターに関心を持ち始めて
いた。(この時代、ヨーロッパ製のスチューダー、アメリカ製ではスリーエム、
アンペックス、スカーリー、エムシーアイ、と、それぞれの音が微妙)
 各メーカーのレコーダーの音の違いが、直接音楽にかかわってきて、一時期こ
だわっていた。このことは2チャンネルマスターレコーダーまで関係してくる。
 ストリングスを中心とした、クラシカルなものや、映画音楽のようなものには
ヨーロッパ製。ポップスやジャズ系はアメリカ製といふうに。
 気が付いたときには多くのスタジオがスチューダーになっていた。多分これは
この初期の段階で、SN比などで有利だったのだと思う。いや・・・ビートルズ
のせいだという人もいたな・・・。

 これと全く同じ関心が調整卓にもあった。その当時、私のテリトリーでは、
ニッポン放送の第1スタジオ(テレフンケン)と、新宿の太平スタジオ(ノイマ
ン)、赤坂ミュージックスタジオ(スチューダー)はヨーロッパ製だった。
 これらのスタジオでポップスやジャズのイメージで録りたいというときは希望
通りにいかなかった。例えば、シンバルの音が「シャ〜ン」ときれいだとロック
に聞こえない。イメージとして「グシャーン」となりたい。
 またキックの音でもズッシリとタイトにしたいとなると調整卓とレコーダーの
関係は重要だった。そんなときポータブルミキサーを持ち出し、これにリズム系
を起ち上げ、その質感を出したこともあった。
 またクワードエイトの卓で録ったらミックスはエーピーアイの卓で、を理想と
していた。いずれの場合も私のこのみでしかない。

 いつの時代も「こだわり」って「はしか」みたいなものだった。オーディオ的
に納得しても、音楽的に何もかわらいことに気付くと、いや、実際にはかわった
のだが、なにをやってもエンカチックにきこえる私のみみはどこかでショウユの
味がしないと納得しなかっただけかもしれない。

 いい音楽といい演奏に出くわしたとき、何も出来なくなってしまった経験って
ないか。そう、ミキサーの君に聞いているんだ。そんなときどうした。だまって
素直に、当たり前に録るしかなかったはずだ。・・・だろう?。
 まぁ、いつの時代でも、その「時代のいろ」というものがあるが。
 えぇっ・・・?、そのいろってーのが、そのこきたないオトのことかい。


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