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音楽的『オト』について考える
---ナカミの問題---


 なにごとも行き着くところまで行くと、やがて振り出しに戻ると思っていた。
これはどうやら私の思い違いだったようだ。その音なのだが、さんざんイジク
リマワシ、こわしてしまわないと納得出来なくなってしまったようだ。
 私がこの世界に入った1967年頃、一歩スタジオに入ったら、ミキサーが
一番偉かった時代だった。イイ録音して貰いたいと思ったら絶対にヘソ曲げら
れるような発言はご法度。何か言おうものなら『わかっている!』『ゴチャゴ
チャいうな!』誰一人コミュニケーションの糸口を掴めない。
 中にはとっても民主的で「うんうん」話を聞いておきながら、絶対に自分の
やり方を変えない。そして訳の分らない講釈をたれハグラカしてしまう。
早い話がイジワルで弱い者イジメ。ペーペーの私はアシスタントとして側にい
て居心地わるかった。立派な講釈のわりには結果が伴っていない。なさけない
と思ってみていた(なまいきだったんだね)。
 この時代はまだまだ二チャンネルの一発録音。多くのコマーシャル音楽や、
映画テレビの劇伴はモノラル録音だった。しかしながら大きな変化の波が押し
寄せて来ていて、音に対する考えもかわりつつあった。コミュニケーションの
とれないミキサーは嫌われ始めていた。

 マルチレコーディングシステムの発達と機器の進歩は録音の考え方を変えた。
録音される音は自由に加工され、個性的なサウンドがつくられていく。
 その昔のミュージシャンはコワカッタからね。「何だこの音は」とよく怒鳴
られた。「ちょっとこい」「こういう音なんだよ」目の前で演奏し聴かされる。
それが次のプレイバックにいかされてないと「ヘタクソ」「イモ」の烙印を押
されてしまう。
 クリエイティブなつもりで取り組んでも理解されないことがよくあった。
「おれの音じゃないよ」の一言で却下。ミュージシャンとはいえ職人だった。
 やがて「原音に忠実」とはいわなくなって、ミュージシャンの出す音は素材
という感じで扱われることが多くなった。プロデューサーや、アレンジャーの
要求にこたえ、求められる音を出す割り切りが必要になった。当然ミキサーは
他人事のようにフンゾリカエッテはいられない。そんな注文をサポートするイ
マジネーションと創造性が求められた。

 私が育ったテイチク会館スタジオのミキサー調整卓は、4バスのスイッチと
アッテネーターのみの、今では信じられないほどシンプルなものだった。周辺
機器なんて無いのも同然で、イコライザーでなにかしたいと思っても、どうに
もならなかった。コンプレッサーなどは歌に使うのが優先で、楽器に使用した
くても使えなかった。

 話はちょっと脱線しますが、この時代使用していたコンプレッサー Urei の
チューブタイプ、全く見かけなくなったがどうしたのだろう。
現在の「Urei 1176」と操作面などの機能は全く同じなのだが、デザインが
とても美しく、その性能は現在の「1176」の人気をみるまでもなく、それは
素晴しいものだった。

 スタジオの話。この時代のレンタルスタジオは、どこも同じような状態だっ
たと思う。だからメーカーのミキサーはうらやましかった。イコライザーやコ
ンプレッサーを何台も持参するミキサーが多かった。
 こんな環境で育った人ですから、個性的な音をつくるというにはほど遠く、
何かするにしても、それは補正といったほうが正しかった。

 そういえばこの時代「ノンイコライザー」「ノンリミッター」による「究極
の録音」を提唱していたミキサーがいた。
 オーディオ界にとても大きな影響を与えていた人だけにかなり説得力があっ
たようだった。「原音に忠実」という事だったんでしょうけれど、私は理解に
くるしんだ。
 これは個人的なことなんだけれど「どうしたら音楽的な録音が出来るのか」
「イイ録音」と、いわせるには………等とワケのワカラナイ考えに大きく傾い
ていた。「原音に忠実」から一歩引いたところで模索していた。そんなところ
に歯を剥き出されたようで「なんだかな〜」って感じだった。
 いっとき流行ったダイレクトカッティングも全く同じことだった。音の劣化
が考えられる部分を一切排除し、ピュアな状態にして録音しようという試みな
のだが「音がよければそれでいいのか」何をしたいのか疑問に思った私には全
くもって非建設的な考えと受け止めた。

 これ以上のシンプルはないという考えかた、これは大いに理解出来る。「ノ
ンイコライザー」「ノンリミッター」これは必要に応じて使用するものであっ
て、使う必要がないなら使わないことだ。ヘタをするとケガをするだけだ。い
つの時代でも、ココロあるミキサーは野生動物が喰ってはいけない草が分るよ
うに、アブナイものには手を出さない。しかし、それは使い方次第で薬になる
ことは確かなのだ。
 ダイレクトカッティングについては、テープレコーダーを排除して、いきな
り調整卓の2ミックスをカッティングマシンにつなぐというもの。録音プロセ
スの中で、テープレコーダーは最大のネック部分、ばっさり切り捨て前者の考
え方よりさらにはっきりと改善されるだろう。
だがミュージシャン始め、カッティングマン、ミキサー、それぞれのプレッシ
ャーは計り知れないものがあったろうと思う。
 いずれも私にはオーディオマニア向け「ヨイショ盤」という受け止め方しか
出来なかった。やはり昔からヘンクツでヘンな人だったようだ。
 音はよかったけれども「それがどうした」って感じだったのだろう、その後
続かなかった。コリゴリだったのか、録音の転換期に逆行と思ったのか………。
そんなことよりもナカミだったと思う。だから録音は「オト」ではないんだ。
今だったら意味のあることかも知れないね………。
「ディジタルでは体験できない見失われた何かを発見する」とかなんとかいっ
てね。でも、ちょっとウソくさいな。大上段に構えてやる時代でもないね。


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