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水道の蛇口

 音楽はよく聴く。だが自分の録音したものは殆ど聴かない。クライアントが気
に入ってくれ、二度目の仕事が来た時、前回どんな録音したのかを確認する意味
で聴くことはある。したがって一回こっきりで終わったのものや、三回以上続く
ものは聴かない。ここで誤解のないよういっておく「聴かない」は「聴きたくな
い」ということではありません。

 一度だけで終わりたくないからベストをつくす。ようするに二回目の仕事がほ
しいんだ。せっかくお近付きになったんだ、一回だけで終りたくない。下世話な
言い方をすれば「金づる」簡単に逃がしたくない。
 二回目の仕事が来た時には、あともう一回やらせてもらおうと、更にベストを
つくす「やっぱり頼んでよかった」といわせないと三回目は期待できない。
 三回目の仕事が来た時には「スゴイただ者ではない」と納得させる仕事をしな
ければならない。

 ベストを尽くすということは、一度だけで終りたくないという事だ。だが媚び
へつらって迄することはしない。そんなことは出来ない不器用な人間だ。4回目
5回目と続いたら、運がイイと思うだけ。あとはいつ切られてもよい覚悟で付き
合う。三枚目までは自分を売り込む為の努力だとしたら、四枚目以降は、私自身
を意識させない為の努力だ。

 いつ首を切られてもよいと言うのは「オシゴト」と、そんなニュアンスでして
いるのではない。さすがに三枚目くらいになると、お互い気心知れた中、という
感じで、別な言い方をすれば、馴れ合い状態とも云える。これはこれでイイ関係
なのかもしれないが、案外それぞれのテリトリーに踏み込んだり、妙にナレナレ
しくなっていることに気付かずにいることが多い。「うとましい」と思われるよ
うになる。自分自身を意識させないとはそういう意味なのだが・・・。

 相手は常に何かを模索している「何か新しいことを」と考えた時にエンジニア
を替えるのが手っ取り早い。確かにサウンドが変われば何かが変わった感じがす
るのは確かなようだ。が根本的なところが変わらない限り何も変わらない。
 それは水道の蛇口を替えただけのこと。純金製にしたかっらて天然水は出てこ
ない。だが、相手はそんなこと百も承知の上だ。目先を変える手段の一つにエン
ジニアを替える項目があるということだ。

 売り言葉に買い言葉みたいで申し訳ないが、これがアーティストの前向きな姿
勢だとしたら、ミキサーの姿勢も全く同じだ。自分を磨く。感性を養う。そうい
う意味で毛色の変わったアーティストや音楽をドンドンやりたい。・・というの
が理想なのだが・・・。ミキサーが仕事を選ぶほどあるならの話だ。現実は厳し
いものがある。
 終わった仕事は振り返らない。これはある意味で前向きな意識の表れだ。
殆どの場合、製品になって改めて聴く必要性などない。というのは、録っている
段階で、ミックスの段階で、全て答えが出ている。「気に入らない」と思えば聴
きたくないし、満足したものなら全く聴く必要はない。どっちにしろ聴かないこ
とになる。


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