
縁の下のちからもち
ミキサーが10人いたら、10通りの録音が出来上がる。それはそれはどれも
個性的で興味の尽きないものに違いない。これを一つ選ぶとなると難しい作業に
なるだろう。選ぶ基準は人によってまちまち、全員一致することは難しい。
最終的にはディレクターの権限で選ばれる。楽曲に一番ふさわしい録音となる
のだろうが、個人的好みの色合いが強い。
ミキサーはその音楽を意識しようがしまいが、画きかたを瞬時に嗅ぎ取ってい
る。それぞれ個性的とはいうものの、音楽的には大筋でそんなに変わるものでは
ない。はっきりいって変わってはいけないのだ。この微妙なテクニックの違いは
ボーっと聴いていたのでは気付かないだろう。
ここに新人のミキサーが録音したものが入っていた場合「ウン・・・?」と、
オトを意識させるはずだ。これを個性的とイイ意味に判断するか、ヒドイと判断
するかはともかくとして、これは若さ、未熟さからくる結果にすぎない。本人が
分かっていようがいまいが、結果的にそうなっただけ。だが、この新人段階では
結果はそれほど重要ではない。OKが出る迄のプロセスが大事で、ディレクター
やアーティストの注文にどれだけ答えられたか、言葉のニュアンスからどんな結
果になったか、そんな事が重要だ。
ミキサーとミュージシャンが、顔を付き合わせて、録音や音について議論をす
ることはそうあるものではない。仮にあったとしたら、これはとても建設的で、
かつ、シリアスな話になる。だが一歩間違えればお互いのテリトリーに踏み込み
かねない。プライド関係へと発展する可能性が大。普段、希望的観測というか夢
みるような話しはしても、具体的な話へと発展することはない。あまり触れては
いけないんだ。
ミキサーの立場から言えば、イイ音で録音をするには、イイ音が出ていること
だ。とても単純明快。イイ音がしないということは技術的にも音楽的にも未熟だ
と言う事。例えば、子供のピアノの発表会に最高の機材を持ち出して録音したと
ころでどれだけの意味があるというのか・・・。
ミキサーは「出音」の問題と結論づけ、ミュージシャンは、ミキサーの技量の
問題と言及するだろう。殴り合いにならない迄も気まずい空気になることは必至。
議論は許されても音楽を犠牲にしてまで録音を優先することはありえない。
主従の関係ははっきりしている。ミキサーはあくまでも縁の下の力持ちだ。
振り返れば録音の基本は「なま音」の追及だった。この事はカメラについても
同じことがいえそうだ。取りあえず、ピントがイイものがイイ写真。これはとり
もなおさず機器の性能のことで、発展途上の段階では何事においてもそうだった。
録音は「単なる記録ではない」と「ハイファイ録音」という形でより音楽的で
精神的な方向へと考えを変えてゆく。録音機器の性能だけではイイ録音は望めな
いということだ。それがミキサーのセンスにつながっていく。
私にはよく分からないが、評論家先生が「これは芸術的だ・・・」と言えば、
それが芸術的録音なのだ。多分それはとても自然に録音されているはずだ。
録音機器の進歩と同時に再生装置も進歩した。音が良くなった。従って当然耳
も肥えてくる。音楽の聴き方もかわってくる。その音が録音のせいなのか、再生
装置のせいなのか、とても曖昧。このへんが録音の奥の深いところであり、ウサ
ンクサイところでもある。
「単なる記録でない」といい始めたのは、耳の肥えた音楽ファンを納得させる為
の建前論だったのかもしれない。
オーディオ評論家先生達の記事を読んでいると「繊細でデリケート」「見事な
アコースティック感」「見事なバランスと臨場感」「安定感」「程よい残響感」
「スピード感」これ、全部ほめ言葉だ。
どれもいちいちごもっとも。でも、これは言葉は違うが、同じ意味のように感
じる。すべて音場の空気感の事を言っているようだ。どの評論を読んでも必ずこ
のような言葉が使われている。別な角度から見れば「自然に、逆らわずに、録音
している」そう解釈していいでしょう。何のことない昔から言われている、録音
の基本「その一」だ。
「圧倒する低音」「太く豪快な音」「炸裂するドラム」「松やにが飛び散る音」
「息づかいまで聞えそうだ」「繊細でかつどこまでも透明」いろんな言い方があ
るものです。
これらは意識して出来る録音ではない。基本をしっかり守り、自然にしぜんに
録音すれば先生方の歯の浮くようなオホメをいただけるというものだ。
だが、実際、先生方の耳を奪うのは、録音ではなく、マイクロフォンの向こう
側、つまり、イイ音楽、イイ音を出しているイイ演奏なのだ。
イイ録音が相乗効果となって「澄み渡る青空のようだ」と口走ってくれるのだ。
すべて、録音の基本「その一」に過ぎない。
どんなに時代が変わっても、どんなに録音機器が進歩していっても、その録音
の姿勢はなんら変わることはないだろう。
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