ディレクターがトークバックマイクのスイッチを押しコンダクターにリハーサ
ル開始をつげた。指揮台をコンコン叩く音がして、カウントのあと、あのハデな
テーマが鳴った。
それは私のイメージした通りのサウンドだった。とてもシンプルなマイクセッ
ティング。その昔の2チャンネル録音時代のイイカゲンな感じがねらい。
諸々な条件に深刻になっても、それは無駄な努力に終ることが目に見えていた。
さからわず与えられた条件でやる。これは私のポリシーでもある。そもそも無謀
な録音である。こういう仕事は楽しんでやることにしている。
ねらい通りだったとはいえ、いきなりオリジナルと同じ感じに出てきてたのに
は自分でも驚いた。コントロールルームにいた連中も「おぉぉ・・」と、ひかえ
めにドヨメイタ。
すぐにテスト録音に入った。プレバックが終るやいなや、演出家はオリジナル
を聴かせてくれといった。コントロールルーム内が一瞬ヤナ空気がうごいたよう
に感じた。続けて今の録音をもう一度プレイバックした。・・・比較している。
ヤナ感じは気のせいではなかった。打ち合わせの段階から先が思いやられていた
録音だ。ディレクターの目にはありありと困惑したいろがにじみ出ていた。
「全然違うじゃないか!」いきなりバシーンと来た。
いくら演出家であるとはいえ、この音楽現場まで主導権をにぎろうというのか。
「ナメンジャないよ」そんな語気が含まれていた。
いま始まったばかりだというのに・・・。何を考えているのだ。リハーサルの
時の、あの、感動的ドヨメキが気に入らなかったのかなもしれないなと思った。
これからいろいろ検証しながら進めようというのに・・・。
ディレクターが間髪入れず「最終的にちゃんとなります」というと「いつもそ
ういわれてだまされてきた、今そのように聴かせてよ」穏やかないい様ではない。
予め最終的イメージのイコライザーとコンプレッサーをソーッとつないでいた。
ある程度キカイのチカラを借りないことには、かなわないことは分かっている。
スイッチをオンにすればいいようにしてあった。
ディレクターが私に近づき、耳もとで「いまそんな感じになりますか」といった。
そのイメージは昔のシングルレコードの音作りだ。今のマスターリングのこと。
ラジオやジュークボックスでガンガン流れる事を想定した音作り。これはミック
スバランスも関係してくるので、LPとシングルが極端に違うことにこだわった
とき、メディア向けだけに限られたこともあった。
演出家はオリジナルと寸分違わず再現出来るとマジメにそう思っていたのだろ
うか。いくら畑違いの分野とはいえ、その辺の事情を理解していないとは考えに
くい。いやいや、もしかして「同じなんかになる訳がない」と、一番分かってい
たのかもしれないな。無理難題をいっておいて丁度いいと思っていたのかもしれ
ない。「やれば出来る」「火事場のバカジカラ」「ひょうたんからこま」「きゅ
うそかえって猫を噛む」そんな奇跡的なことを期待したのだろうか。それは演出
のうちなのか・・・。
よく「やってみなければわからない」というけれど、私は素直でない性格だか
らもっとも嫌いな言い草だ。シロートくさいんだよ。少なくともプロが口にする
セリフではないと思っている。
「これでいい」「これが限界」「ニッポンじゃこんなもんだ」つまり、ミキワメ
というか、アキラメというか、いいタイミングでキッパリ「OK」と声を大にし
て言える、それがプロなんだよな。
そうこうしているうちに演奏上に矛先が向いていた。微妙なノリやニュアンス
を指摘していた。徹底的に聴き、そのイメージで撮影し、編集もキッチリ合わせ
てあるからむりもない。
コンダクターは微妙なモタリ加減をどうタクト振ればいいのか、フレーム単位
で編集位置に合わせるのに必死だ。エンディングのボンゴのノリにも微妙な注文
が出る。どんどん責任重い人が増えていく。
いつのまにか重箱の隅が大問題に発展してしまった。しかし、どれもこれもど
うでもいいことばかり。「めくそはなくそ」「木を見て森を見ず」独裁者の前で
は誰もそんなことを口に出せない。
プレイバックの度に今度こそOKだろうと確信を持っても、AB比較のチェッ
クは全員祈る感じだ。「まだここがこういうふうに違うじゃないか!」ここまで
くると単なるアラサガシ、いっていることが分からない。対処のしようがない。
「ばかげている」と思いながらも、そのつどなにやらゴチャゴチャやっていた。
本来だったら3時間のセッションとっくに終っている。そんな時間なのに未だ
マイクロフォンをいじっていた。ワンポイント用に3本立てた内の77DXを無
指向性にして、新たにノイマンM49を追加した。
「まだそんなことをしているのか」ミュージシャンからそんな視線を感じていた。
「問題は録音側にあるんだ」そんな声が聞こえそうだった。「オレのせいじゃな
い」と声を大にしていいたいところだが、私が気にすることじゃない。
ドラムの前にいたギターの萩谷清は突然「うるさくて演奏できないよ!」と怒
ったようにいい出した。どうでもいいことだったので好きなようにしてもらった。
「ギターはいらないんじゃないの・・・」冗談で言ったんだろうけど、ホーンセ
クションのうしろへ移動する背中がイラだって見えた。確かにプレイバックでも
正体が分からない。
ワンポイント用のメインマイクロフォンは最終的に4本立った。ステレオでは
ない。モノラルだ。キャラクターの違うトラックが4本出来ていることになる。
当然ながら各楽器の前にもマイクは立っている。これはあくまでも補助的考え。
ホーンセクションには3本。その位置はアルトサックス、テナーサックス、バリ
トンとバスサックス、それぞれ二人の前。その高さは2メートルくらい。
ドラムには真上に1本だけ。ウッドベース、セミアコーステックギター、こち
らは実音よりも、うしろのドラムやホーンのカブリの方が大きい。ギターをもう
少しと言われてもバランスがとれない状態、本人がイラつくのはよく分かる。で
もこれでいいのだ。
随分昔のことだけど新宿厚生年金会館でカウントベイシーオーケストラを聴い
た時、一瞬のすき間に、フレディグリーンのシャッシャッときざむリズムがとっ
ても崇高で高貴に聞こえ感動した。あれなんだけどな・・・そんなジョーダンを
いってる場合ではないことは分かっていた。
バイオリンとビオラ、チェロはそれぞれ別れた部屋にいる。そのセッティング
は通常の録りかたではない。なぜそんな録り方をしたのか。この部屋は更にライ
ブな部屋だったのでそうしたのかもしれないと思っていたら、サンプルの音のイ
メージからそうなったとメモにあった。
マイクロフォンは二人に1本づつ、バイオリン10人だから5本。ビオラも2
人に1本。チェロ2人にはそれぞれ1本づつ2本というセッティングだ。
この時代、アメリカ、ヨーロッパ辺りではこのようなセッティングでの録音が
以外に多かった。カブリ対策だけとは思えないのだが。
日本ではこの録り方は理解されないのか、意図的なことを除いて私には数える
ほどしか経験がない。
私は個人的にこのサウンドは好きだ。イメージ的にはとってもギスギスした音
のように思うだろうが、複数のマイクロフォン同士の干渉によるモアレ感が独特
なサウンドを生み出してくれる。
ボンゴはメインマイクに一直線になる部屋にいてドアは開けたまま。エンディ
ングの納見義徳さんのプレイは実にいい雰囲気を出していた。シロフォン、ティ
ンパニーも同じ考えだ。勿論それぞれにマイクは立っている。
この録音は私にとってもかなり印象的だったのだろう、なぐり書きのメモが残
されていた。
「へぇぇ・・」と思ったのが「モノラー」という、ステレオをモノラルに変換す
る機器を使用したことだ。
メインマイクは77DXを中心にミックスしている。他のマイクはどうしたの
か不明だが全部使ったとは思えない。
キャラクターの違う2本のトラックを左右に拡げ「モノラー」でモノラルにし
ミックスしたようだ。その割合は不明。これは、雰囲気というか、空気感のよう
なものを出す為の手段だったのだろう、かなりな試行錯誤が感じられる。
サックスセクションの、バリトンとバスサックスのサウンドキャラクターを出
す為に、思い切ったイコライジングをしている。
ミックスもオリジナルとAB比較しながら進めていたのだろう、バリトンとバス
サックスの微妙なサウンドキャラクターに問題を発見したんだと思う。ホーンセ
クション全体のバランスの中で、この二つの楽器の距離感に気付いたのだろう、
もう少しオンで録るべきだったと反省している。きっちりしたお手本があったに
もかかわらず、いろんなことを試す時間があったにもかかわらず、意外な盲点に
ガクゼンとしたのかもしれない。いずれも私にだけにしかわからない精神的なこ
となのだが・・・。You Tube 