どうして録音中に気付かずに終わったあとで気付くのだろう。しかも、恥ず
かしいことに演奏者側から指摘された。
その録音は、全員いい気分で進み、大ハッピーのうちに終わった。録音中は
私始め、誰も気付く者はいなかった。全く考えられないことだった。
それはピアノソロの録音で、ペダルや鍵盤を叩くアクションが超低音のノイ
ズとなって騒ぎを起こしたのだった。このノイズはサウンドチェック時、ダブ
ルウーファーのラージモニターでも、ヘッドフォンでも気付いていない。プレ
イバック時も何の問題もなかった。
ピアニストが自宅の装置で聴いて発見した。この状態でCDは出したくない。
やり直したい。話はイヤな方向に展開していた。私はミキサーとして責任を感
じないわけはない。プロデューサーは「マスターリングで処理出来ることなの
だろうか」と聞いてきたが、ピアニストのつよい希望で再録音となった。
私に問題はなかったのか。そのテープをチェックした。原因が分からないま
ま再録音しても解決しない。ポピュラー音楽とはいえ、クラシック……という
意識で録音した。楽器のキャラクターも考慮して、キラビヤカで、しかも低音
たっぷりのマイクロフォンを選んだ。確かにこの手のマイクロフォンはスタジ
オの空調の風に吹かれ、ノイズを発生する繊細さを持っている。当然床からの
ノイズにも敏感だ。
和音で鍵盤をおさえるごとに、足踏みをしているようにズシンズシンと、重い
感じで聞こえる。考えられるのは、このアクションが楽器本体から床に伝わり、
そしてマイクスタンドに伝わった……。
再録音でノイズはクリアーされた。しかしなんとも後味のわるい仕事になっ
てしまった。私の責任であるのだが、その原因は何だったのか全く見当つかな
かった。
そんなことを忘れてしまっていた8月下旬、同じ形の録音がこのスタジオで
あった。当然ピアニストとプロデューサーは同じスタジオを使用するのを躊躇
したようだ。
私に意見を求めてきた。性懲りも無くと思うだろうが、それはとても魅力的
な楽器のせいだ。「あのピアノで録音したい」「やりましょう」私もあの事件
はなんだったのかそれを解明したい。
そして録音当日、理想とする場所で二度テストを繰り返す。といっても限ら
れたスペースではその違いは顕著ではなかったが、ピアニストは「さっきの場
所よりいい感じだ」といったのでその位置に決定。
音楽性やピアノのキャラクターなどを一切考えずに普段使い慣れているマイ
クロフォンを選ぶ。ルームアンビエンス用のマイクロフォンは使わない。それ
を考慮したマイクセッティング。空間のイメージづくりは私のワンパターン、
レキシコンのプレートとミディアムルームのみ。
うまくいった。自然なピアノの響きとピアノの独特の個性が正しく出ていた。
繊細な高音域と豊かな低音域。人工的につくられた空間はあの狭いスタジオの
イメージはどこにもない。そんなサウンドをきっちり引き出してくれたソニー
レコード、田中三一氏のマスターリングも素晴らしかった。
それにしてもあのノイズ事件は何だったのだろう。たまたまその床部分に何
か欠陥があったのかもしれないが、ピアニストの演奏に合わせるように、ズシ
ンズシンと鈍く重く地を這うような、躯体を蹴飛ばす、ゴーストのような音は。
あっっ………ゴースト………オ バ ケ………。スタジオにはこういう話が多
いんですゾーッ。