大野
以前、音響ハウススタジオで、ちょっとお目にかかったことはあるのですが、
伊豫部さんお仕事だったのであまり話も出来ませんでした。あなたの仕事振りをみ
ていると、また、あなたの録音したレコード、コマーシャル音楽を聴いていてみて、
EQやリミッター等をあまり使われず、ナチュラルな録り方をやっていらっしゃる方
だなと思っていたんですがどうですか。
伊豫部
その通りですね。
大野
当たってましたか。
伊豫部
割りと最近ですが、悩んでいた時期がありました。ぼくは、ガチャガチャい
じるミキサーじゃないんです。人によってはイコライザーのテクニックが録音のテク
ニック、と考えているミキサーがいるんじゃないかと思うんですが、イコライザーで
音をつくる、それはぼくには異常な感じとしか受け止めなかったんですが、実際、向
こうのレコードなんかを聴いてみると、そうやってつくられたレコードが多いみたい
だし、そういうレコードと自分の録音したものを比較してみると、どうしても地味に
聞こえる。派手さにかける。一番つらいのは、間に挟まれて聴かされたらかなわない。
そういう音づくりしようとイコライザーに手はいくんですが思いきりが足りない。
大野 なるほど。
伊豫部
シャープなものはよりシャープに、太いものはより太く、そういう徹底した
音づくりが出来ないんですね。
大野 わかりますね。
伊豫部
ナチュラルなものはナチュラルに、という考えを中心にイコライザーしてい
た。音をつくるって考えじゃなしにね。ちょっと補整する程度にね。
大野 うんうん。
伊豫部
生の音を大事にしてつくる。非常に好感を持ってくれる人もいるが、ある人
からはちょっと物足りないと。
大野 そういうもんでしょうね。
伊豫部
最近の傾向として、つくられた音が多くなってきたでしょう、ですから物足
りないと言う人も多い、これじゃもうミキサーも終りかなと思ったりして(笑い)
大野 ハハハハ・・・・
伊豫部
そういうのが若い感覚かなって思ったりしてね。ということは、自分はもう
若くない・・・。
大野 いやいや・・・
伊豫部
その若い感覚っていうのは、音のこと、つまり録音じゃなくて、人の見掛け
を言うでしょう。あいつは30過ぎたから若くないとか(笑い)生の音を忠実に録って
るミキサーって古いのかなって、思ったりしましてね。
大野
私のところには仕事の都合上、いろんな音楽テープが集まりますが、エフェク
ター類を派手に使うミキサーとそうじゃないミキサーと両極端に別れる様な気がする
んです。中間がないようなね。その中で伊豫部さんと、もう一人いるんです、どちら
かというとナチュラルな音づくりをされているミキサーだと思うんです。
キャニオンレコードから出ている「小鳥のシンフォニー」を聴いた時、実に新鮮な音
だと思いました。曲想はどちらかと言うとクラシック調だし、演奏者もクラシックの
人達だし、そういったことを大切にして録音されたんだろうと思うんですが。
伊豫部
そうですね。「小鳥のシンフォニー」を録っていた頃は、わりとクラシック
の録音が多かったんです。そういう色合いが続いている時って仕事やりやすいですね。
演歌とかジャズとかゴッチャになってる時はつらいですね。
大野 そうですか。
伊豫部
クラシック録音というと、話は前に戻りますが生の音に忠実に、とよく言う
でしょう。そういうことで割合加工しない、その・・マイクセッティングとかマイク
の選び方だとか、そういうことで音を決めるんです。私の育ったテイチク会館スタジ
オで覚えたこと、そのまんまです。
かなり厳しい人に教育されました。アシスタント始めた頃ですね、常にチェックされ
てましたね。
大野 なるほど。
伊豫部
あまりスタジオには顔を出さないんですが準備中たまにチラッと来たりする。
終わったあと必ず呼ばれました「今日のあのセッティングのしかたはなんだ」私はチ
ーフエンジニアの指示でやっていますから理由が分からない。
大野 ふんふん
伊豫部
あのマイクケーブルの引き方はなんだ、邪魔にならないように張れ。足引っ
掛けてスタンドが倒れたらどうなると思う。マイクロフォンが壊れる、という事だけ
ではなく、楽器を傷つけたり、壊したら・・という事なんです。また演奏者の目障り
にならないようなセッティングをしろ。環境作りはよい録音に通じるとか、精神的な
ことまでですね。いろんな事教わりました。僕がミキサーになり、退社するまで言わ
れ続けましたね。
大野 う〜ん
伊豫部
録音するようになってね、ピアノと歌だけのオーディションなんですが「終
わったら必ずコピーを録って私に聴かせろ」クライアントには勉強のためにコピーさ
せて下さいとお願いしてね。それを聴いて、こういう声の人はこのマイクよりこっち
のマイクがよいとかね、エコーの付け方にしても、サビになったら足りなく感じるか
らもっとこうしろとか、事細かに出る。それを次の録音に生かされてないと凄い勢い
で 怒られる。場合によっては次のチャンスがなかなか来ない。そんなんで、くさって
る同僚もいましたね。
大野 きびしい・・・
伊豫部
そういう人ですからイコライザーの使い方にしても制限される。もっとも今
のコンソールと違ってイコライザーが各モジュールに付いてないから無意識に手が出
るという事はないわけです。下手に使えば「何だこの音は」となる、全てお見通しで
すから教えられた通り出来てないと怖い。だからマイクを選んでキャラクターを決め
る事が多くなる「勉強が足りない」「まだまだ無理だな」そういう事を言われたくな
いから忠実に守っていた。
大野 そうですか。
伊豫部
特にうるさく言われたのはリミッターの使い方ですね。歌い手の個性を殺す
ものだとね。一度ね「お前どんな耳してんだ」こんな使い方では売り物にならないっ
て言うんですね。どんな状況でも声がキッチリ前に出ていなければいけない。「常に
顔がアップでみえてなければいけない」ってね。ここで歌がこんなに引っ込んでしま
ってはいけないんだ。かけ過ぎだってね。今でもボーカルでの使い方には苦労してい
ます。かけ出しの頃は、その・・・アーチストの内面まで聴くハートがなかったです
から、物理的量だけ処理してたような録音だったんでしょうね。使うなとは言いませ
んでした。自分も一緒に歌え、つまり指先で歌えハンドリミッターですね、自然な録
音が出来る。ミキサーって技術屋じゃないんだ。どんどん精神的な事になってくる。
大野 すごい人だな。
伊豫部
だからやたらそういう機器に手を出さなくなる。でもレンタルスタジオです
からある程度機材は揃っていましたが、これは外部の人のためですね、僕たちにはや
たら使うんじゃないと厳しかった。
大野 うんうん
伊豫部
ぼくは運が良くって入社3ヶ月位で、オーディションの録音やらされました。
それが評価されて半年目の頃にはレコードの本番をやらされたんです。
大野 それは早い!
伊豫部
え丶、そういう実力主義をとっていたんですね。辞めるまで2年半いました
けれど、一度もほめられた事なかったですね。辞めた後でくすぐったいこと言われま
したが(笑い)
大野 よかったですね。長い目でみると、結果として非常に良かったしいい人に教
わったわけですね。
伊豫部
とても感謝しています。当時イコライザーを使うとか、使わないとか、それ
以前に、機器で音を作る考えの時代ではなかったですね。ですから外部のミキサーも
あまり使わなかったですね。今は何処へ行っても立派なコンソールばかり。そういう
機能を駆使して音を作るのも一つの方法だと思うし、間違っているとは言いません。
サウンド指向に走ると、どうしても音楽的なことが軽んじられるような気がしますね。
大野 それは感じます。
伊豫部
サウンドで勝負出来ないなら、音楽的な方向でやってやろうじゃないかとい
うのが僕の考えです。ですから「ナチュラルで好き」といわれると救われた感じなん
です。ありがとうございます(笑い)
大野 いやいや、それは良かった(笑い)話はかわりますが、仕事がらレコードは
よく聴かれるんでしょうどんなレコードを聴きますか。
伊豫部
あらゆるジャンルの音楽聴きます。でもいつの間にか自分の好みのレコード
になっています。仕事に関連してニューミュージック系が多いかな。唄の上手い人ね。
ボーカルものって録音のイマジネーションが沸きますね。とても参考になります。