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緊張200%

 ラッキーだった。この年の夏には本番の録音をしていた。これは忘れる事の出来
ない一大事だ。感謝しなければならないのは、上司であり師匠でもある榊原積さん
にめぐり会えたことだ。
 市ケ谷スタジオ時代、徒弟制度的というか、封建的とでもいうか、そんな空気が
とてもいやだった。実力主義が叫ばれている時代、ここにいたらだめかも知れない、
と思っていた。テイチク会館スタジオはそんな空気は全然なかった。公平にチャン
スが与えられた。

 榊原さんはテイチクレコードのミキサーだった人。SP盤時代から始まって、
石原裕次郎さんや、三波春夫さんのデビューを手掛けた人だ。定年退職して、のん
びりしているところに呼び戻され、新人教育をまかされていた。
 私たち新人の録音したものは必ずコピーをとり、聴いてもらうのが日課だった。
そのチェックは二時間にも三時間にも及ぶことがあった。説教のような講義のよう
な話が延々続く、うんざりする事もあったがその一言ひとことは今でも体のあちこ
ちに染み込んでいる。
 この時の採点がよくないと次のチャンスがなかなかまわってこない。私は幸運
だった。クライアントから直接指名されるまでになっていた。

 私のファーストレコーディングと、思い込んでいたのが「ザ・ハイローズ」と
いうグループ(1968シングルリスト)歌謡コーラスというか、グループサウ
ンズというか、そんな感じの男性五人組。
 実はこのホームページ作るに当たって、勘違いである事を発見した。思い違い
していた理由は、ディレクターの今井さんという人の印象だったのかも知れない。
 かなりのベテランミキサーも、一目も二目も置かれていたすごいディレクター
だった。口のわるいい人だった。コワカッタ。罵詈雑言雨霰。新人の私にはとて
も厳しく、緊張 200% 、そんな状況での録音だったからだろう。


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