マイクロフォンの向こうが全て。全てそこから始まる。そんな考えの人だから
マジシャンのように、次々アイデアやパフォーマンスを披露するような人ではな
い。気に入った機材を持ち込み、納得する音をつくる。当然のことだろうけど私
はそうは思わない。世界一機材の豊富な日本のスタジオ。レストランへ食事に出
掛けるのに弁当を持参するようでみっともなくて恥ずかしいことだと思っている。
ある時こんなことがありました。ミックスダウンをしているときのことです。
ディレクターが電源の入っていない機材を見て「これ使わないの・・」と聞いて
きた。希望があるなら言ってほしい、といったら「普通使うでしょう」と言う。
私は「使う必要を感じていませんが・・・」彼は黙ってしまった。
話題の機材を使わないで時代のサウンドはつくれない、とでもいうのでしょう。
「ススンデル」とか「ヤル気のあるミキサー」と評価するのでしょうか。
取り敢えず、山のような機材が、チカチカと賑やかに動いていれば納得するの
でしょうか。それがミキサーとしてのクリエイティブな形だと思っているんです。
私の言いたいのは、いまのミキサーのスガタってこの延長線上にあると思うか
らなんです。結果の伴わない仕事のプロセスはただのパフォーマンス。ミキサー
としてのアイデンティティーが偏った方向に向いてしまっている。
若いころからとってもサメタ人でした。カッコよくいえばクールで落ち着いた
人、となるんですが、多くの人はそうは見てくれていなかったみたい。
取っ付きにくいんだそうです。自分ではそう思っていないんですけどね・・・。
だとしたら、私が「ミキサー」として育った環境のせいですね。
テイチク会館スタジオ時代のことです。在籍していた2年と6ヶ月。この最後
の6ヶ月というのは、すさまじい仕事をしていた。1ヶ月に30枚前後のLPを
録音していた。最高35枚という月があった。1日に3枚録音した日があった。
シングルじゃなくLPですよ。私も信じられません。
この時の、1日3枚録音した日を説明する必要がありますね。午前10時に始
まり、お昼1時間の休憩をはさんで夕方5時、ギターをフィーチャーしたヒット
歌謡曲12曲が完成。6時から外国映画音楽の録音。オリジナル通りのアレンジ。
今でいうリメイク。午後11時に12曲が完成。
深夜12時からジャズの録音。約3時間で完成。2日にまたいではいますがこ
んな感じ。2チャンネルの一発録音だから出来たわけです。
この時代のスタジオミュージシャンはプロでしたね。絶対間違えない。ただ譜
面につよいだけではなく、とても柔軟性があった。でもコワイ人が多かった。
職人だったのかもしれません。
それにしてもこの異常な仕事の量は、まるでベルトコンベアーの餌を食べ続け
るブロイラーでした。振り返ったり、反省している時間なんてない。ディレクタ
ーや、ミュージシャンと、密なコミュニケーションなんて暇もない。それぞれの
立場で、それぞれの責任で自分のやるべきことを全うしていた。
私はベストを尽くすだけ。そしていつもネクストワンだった。これが反省とい
えば反省で、次に期待してくれと、突き進むだけだった。新座者にとって毎日が
カケ。「ヘタ」と烙印を押されたら直ちに引きずり下ろされる。上手くいっても
失敗しても、自分の責任でやらなければいけない。緊張せずにいられない。だか
らクールにならざるを得なかった。