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ENSEMBLE ONGAKU ZAMMAI / RAVEL
アンサンブル「音楽三昧」モーリス ラベル 編曲 : 田崎瑞博





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1. ピアノ協奏曲第一楽章
2.
ピアノ協奏曲第二楽章
3.
ピアノ協奏曲第三楽章
4. ツィガーヌ〜音楽会狂詩曲〜

4. マ・メール・ロア
5. 眠れる森の美女のパヴァーヌ
6. おやゆび小僧
7. パコダの王女レドロネット
8. 美女と野獣の対話
9. 妖精の園

音楽三昧

田中潤一 : フルート、アルトフルート

田中潤一 : ソプラノリコーダー
川原千真 : ヴァイオリン
田崎瑞博 : ヴィオラ
蓮池 仁 : コントラバス
加久間朋子 : チェンバロ、ハープ

「音楽三昧」のリーダーでフルート奏者の田中潤一さんは、カテリーナ古楽合奏団
の「ドゥクチャ」 を聴いたとき、音楽三昧もこんな感じで録音にしたい…と連絡
してきたのだった。
1995年6月18日、話を伺うためにメンバーでありヴオラ奏者の田崎さんの自
宅に伺った。田中さんは筑波市の自宅からかけつけていた。この時、正式に録音の
依頼を受ける。
いろいろ話しをしているうちに、以前からの知り合いのようで初対面という感じが
しなかった。
正式に録音日が決定したのは1997年の夏、本番は1998年の4月2日と5月
2日から4日までと決まった。話があってから三年経っていた。場所は東京都あき
る野市、秋川キララホール。

4月2日はテスト録音にあてるという。リハーサルではなくテスト録音といってい
るところに並々ならぬものを感じていた。しかしながら、最終的に4月2日も本番
に組み入れ、合わせて4日間の録音になった。
田中さんはこのテスト録音にこだわっていた。(具体的に何をテストするのか敢え
て質問していない)選曲をあれこれ考えているうちに2枚組になってしまった。
〈同時発売のバラ売り〉そうすると、5月の三日間で録音しきれないと判断、あと
二日はほしい。キララホールは追加できなかったので山梨県身延町のホールが候補
に上がり、下見に行くことになった。

2月12日、JR五日市線秋川駅前で、午前9時46分に待ち合わせた。私は八高
線東飯能駅から8時53分に乗るとその時間になる。ヴィオラの田崎さんが組んだ
スケジュールだ。先ずキララホールを下見してから、山梨県身延町に向う。田中さ
んは時間通り秋川駅で待っていた。早朝、茨城県筑波市から車で出て来たのだった。

キララホールの響きは素晴らしかった。さすがに評判のホールだ。同じアルバムの
中に、響きの違うものを入れる違和感を田中さんはしきりに気に掛けていた。既に、
田中さんは身延町の音をチェックしている。ヴィオラの田崎さんがあらかじめ下見
をした際、テスト録音したものだ。私は聴いていないが響きが足りないと感じてい
るようだった。私に「どうするのか」と聞いてくる。う〜ん返事が出来ないでいた。
実際にはどうにもならない事なのだ……。

響きの違いを楽曲や編成の違いに有効に生かせるのか、田中さんはかなり気に掛け
ている。やってみないと分らない事だから不安だという。一旦、こんな疑問を持っ
てしまうとそれは解決不可能だ。無理すると怪我するだけ。どうしても録音しなけ
ればならないのなら、コダワリは捨てるしかない。
短所を上手く録音にいかす、それなりの解釈が結果に出れば、それはそれで面白い
のでは……。他人事のようなことをいったのだが、耳に入らなかのったか、聞こえ
なかったふりをしたのか何も反応がなかった。無理に二枚にしなくても……、つい
余計な事までいってしまい反省していた。

ホールも一つの楽器と考えれば答えは明白だ。何も音の悪い楽器をわざわざ使うこ
とはない。また、当り前のことだが、ハイスペック、ハイクォリティの機材を揃え
るからと機嫌とって解決する問題でもない。ましてや「私が何とかするから大丈夫
まかせなさい」とハッタリかましたところで、ただウソッポク自分でムナシクなる
だけだ。何をいってもインチキ宗教みたいになってしまうようで、嫌だなと思って
いた。

話をしているうちに、田中さんの録音に対する、考え方や、精神がとっても職人的
に思えて不思議な気がした。田中さんのこだわりを私がそっくり引き継いでなんの
不思議もない。いや、本当は、私がそのこだわりを持つべきなのかもしれない。
職人である私が「うつわじゃない中身だよ、何処だっていいじゃないか」これって
もしかして「思い上がり」なのかな……。自分のことをタナに上げ若者達のワルグ
チはいえないな……。

確かに「コウボウ筆を選ばず」そんな考えの人だ。イイ道具を持ち、それを使いこ
なすのも技術のうちだが、道具は、あくまでも道具であって、音楽の手助けになる
ようなことは何一つない。何事にもこだわらない性格の人だが、これが私のミキサ
ーとしての精神というものなのだろうか……。これでいいのかな……。無意識的に
こんなカタチで表に出てくるのはまずいのでは……。

午後、身延町総合文化会館に着いた。客席400とても素敵なホールだ。問題の響
きは、キララホールの下見のあとでは、田中さんの気掛かりが更に大きくなっただ
けだと思った。
「音楽三昧」のコンセプトは、筑波市ノバ・ホールのホワイエ。ホワイエとはロビ
ーのこと。私は行ったことがない。ここは天井が高く床も壁も石造りの構造。音に
濁りがなく気持ちのよい響きなんだそうだ。ホールの何倍もこの場所の方がよく響
くという。毎年行う、筑波市ノバ・ホールでのコンサートはこの場所で行っている。
ここでの響きのイメージが「音楽三昧」なのだといっている。この場所で録音出来
れば何の問題もないのだろうけど、録音となると何かあるらしい。
私は話のイメージから、筑波に取って代る場所というと、絶対にキララホール以外
に考えられないと確信した。この場所ではやらないだろう。田中さんも今日の下見
で考えは固まったと思った。

ホールの課長さんの自慢話に調子合わせながら腰を上げる切っ掛けを探っていた。
直ぐに、東京青山にある発売元である、EWEへ行かなければならない。田崎さんと
EWEのプロデューサー守崎さんが待っている。最終的に三人の話合いで決定する事
になるという。
八王子インターで一旦降り、夕闇せまるJR八高線の小宮駅で別れた。田中さんは、
再び八王子インターへ戻り、一人東京へ向った。

録音の初日の前夜、ノバホールでのコンサートのテープを聴いていた。何度も聴い
ているのだが、耳と脳ミソをその色にしておく必要がある。そういえば初日の録音
は何から始めるのか確認していなかった。テープを聴いているうちに多分「クープ
ランの墓標」に違いないと思いケントナガノ指揮のオーケストラも聴いていた。こ
ちらのほうがイメージが拡がり何かと参考になる。
4月だというのに窓の外は雪が降っていた。このまま1月の時のように積るのかな、
少し気になった。メンバーと録音スタッフは、羽村市のホテルに泊まっているが機
材は当日東京から来る。4月だ、大丈夫だろう。

2日朝、私の住む埼玉県日高市の山々は一面の銀世界。平野部では雨のようだった。
7時40分、家を出た。峠を一つ越えると東京都青梅市。岩倉温泉の集落から岩倉
街道に入る。途中、青梅線小作駅方向に向かい、多摩川に架かる多摩川橋を渡り、
吉野街道へ出たら左折。ここからいくらも距離はない。道は空いていた。家を出て
35分でキララホールに着いてしまった。早すぎた。近くのディニーズで時間を調
整しホールへ向った。機材は到着していた。メンバーとスタッフもホテルから到着
する。9 時ステージ側の搬入口が開く。2 時間ほどでセットアップした。

田中さんはステージの並びかたについて検討していた。何故かコンサートの並びと
左右入れ替った形になる。微妙な位置関係が決まった。ヴァイオリンの川原さんと
田中さんが向かい合う。客席から見ると、左側に川原さん、時計廻りにヴィオラの
田崎さん、チェンバロとハープの加久間さん、コントラバスの蓮池さん、そしてフ
ルートとリコーダの田中さんとなる。逆 U字型だ。

メインマイクロフォン(ショップス CMC 56)が吊るすことが出来ないことが判明
した。ネジが合わずどうにもならない。AKGのスタンドに付けるのだが高さが足り
ない。大きな機材ケースを台にした。丁度よい高さになる、3 メートル位だろうか。
ケースが、音響的に影響があるのではないかと毛布で包んでもらった。

初日の一曲目は私の予想通り「クープランの墓標」だった。二度ほどのリハーサル
でサウンドチェックとテスト録音。プレイバックを聴いてもらいどんどん音やイメ
ージをいってもらう。抽象的であれ、具体的であれ、意見が沢山でたほうが何かと
やりやすい。二度ほどのテストで方向が決まった。早い、1 時間とかからなかった。
後はイイ演奏をしてもらうだけ。かくして初日の録音は順調に進んだ。


レコーディング エンジニア :
レコーディング スタッフ&機材 :
レコーディング :
 
調律 :
マスターリング エンジニア :
ソニックソリューション エディター :


伊豫部富治
宮沢正光 宮下章(ふぉるく)
秋川キララホール
(2ch Direct Recording)
賀屋野正裕
田中三一(ソニーレコード)
池松千映(ソニーレコード)


    ewe   音楽三昧

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