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館野泉 / グラノドス・ゴイエスカス




CANYON CLASSICS
D32L0005

『恋する男達』 第1部

1. 愛の言葉
2. 窓越しの語らい
3. ともし火のファンダンゴ
4. 嘆き、またはマハと夜うぐいす

『恋する男達』 第2部

5. 愛と死
6. エピローグ、幽霊のセレナード
7. わら人形

 クラシック音楽の録音現場では、古典的にとか、現代的にとかいう。
これは空間のイメージのことだ。
ショパン、モーツアルト、ベートーベン、リスト、ドビッシー、バル
トーク等々それぞれの録音スタンスがあることは知っているつもりだ。

 空間のイメージとは、ホールの最前列がリストで、真ん中当りがモ
ーツアルト。ショパンだったらあと二列くらい後ろとか、演奏者から
マイクロフォン迄の距離でつくられる。
 私は、この教科書的な考えにいつも疑問をだいていた。ともすれば
その考へは美意識に欠けるきらいある。録音の黎明期のような考え方
は「もういいんじゃないの」と思っている。

 現在、ポップス等の録音は何をしても許される時代になった。「人
と違う録音をしたい」「誰もやったことのない音をつくりたい」とか
いうと、どこかアーティステイックで、建設的なイイ方向に解釈した
いところだが、実はこれとは全くの正反対、音楽を無視してるだけで、
デタラメな方向を向いているだけだ。
どんな分野でもそうだが、論理的になればなるほど、その結果はイマ
イチの感がある。
録音は「こうでなきゃいけない」という形はない。何をしても構わな
い。大事なのは結果で、そこに録音の美学が感じられなければ・・・。

 館野泉さんの話を受けた時、フィンランドで録音されたドビッシー
のCDが参考資料としてドッサリ送られてきた。これはこれでとても
よい録音なのだが、個人的には教科書通りで好きではなかった。
 この感じで録音しろという意味か。この音が館野さんのイメージに
なっているんだったら勝手なことは出来ないかも知れない。
ディレクターにその辺を確認をし、私のイメージを伝えた。
「今回の選曲のイメージから情熱的な録音にしたい、極端な事を言え
ば、ピアノに頭をつっ込んで聴いてる感じなんだ」「違うと思うなら
別なミキサーでやってくれ」と言って録音したのがこのCDだ。

 録音 : 洗足学園マエダホール 1988 年4月25 26日

録音は五つ星。お見事。が、館野さんの録音はこれっきりだった……
気にいってもらえなかったようだった……とほほ……


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