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FALTER OUT/大野俊三カルテット
FALTEROUT / SHUNZO OHNO QUARTET
VICTER MJ-7144
Side A
1. ALFA
2. A MOURNFUL SCENE
Side B
1. FALTER OUT
2. ONCE AGAIN
大野俊三 : Trp, Flugel
益田幹夫 : Pf, E.Pf
古野光昭 : Bass
倉田在秀 : Dr's
録音 '72.8.28
テイチク会館スタジオ
意識が朦朧としていた。40度近い熱が続いる。解熱用の座薬をぶち込み、タンが
喉にからまって呼吸出来なくなってしまうからうつ伏せになって寝ている。眠って
いるのか意識が遠のいているのか自分でもよくわからない。妻は救急車を呼ぼうと
した。「呼ぶな」とわめく。喉を切り開かれパイプをつきさされるのはヤバイと思
ったからだ。医者を信用しないわけではないのだが・・・。
何日かうなされたある朝、空腹で眼がさめた。熱は下がっていた。それでよく眠れ
たのだ。地獄から抜け出した感じだ。起きあがる。フラフラするが大丈夫だ。数年
前から同じ季節に、同じ症状で寝込んでいる。今回のように死ぬ思いをしていない。
「花粉症ではないか」といった人がいた。この時代、一般的ではなかったのだろう、
私は始めて耳にした。
数日して元気になった。だが、とても気になったのでテイチク会館スタジオ近くに
ある「虎の門病院」へ行った。精密検査するというので検査日を予約した。
朝10時、前日から何も食べず病院へ行く。裸にされウス物を着せられる。噴霧状
の麻酔を吸引し、喉に麻酔が効いてきたところで、黒いゴム管を左側の気管支へ差
し込む。レントゲン写真を撮るために肺の中に造影剤を流し込む。枝から枝へ先の
先まで注入する。以外と時間がかかった。
宇宙遊泳の訓練をするような器械の中に入れられた。斜めから横から、あっちから
こっちからまるで豚の丸焼き状態。このグルグルで麻酔がさらに効いたのかラリラ
リになってしまった。そしてこの後、地獄のような時間が続いたのだ。
ベットに四つんばいになる。ケツを高く上げ肘を付いて猫のポーズ。この格好で洗
面器に顔を突っ込む。まもなく肺に入れた造影剤が流れ出す。全部出さないと肺の
機能が停止してしまうと言う。言われる通りにする。だがこの格好はかなりつらい。
看護婦が時々様子を見に来る。洗面器を覗いては「まだまだね」。時々見に来ては
「まだまだ」ばかり。「ウウウ・・・つらい・・・」
麻酔が完璧に全身にまわってラリラリの二乗。その上さかさ吊り。眩暈がひどくつ
らいなんてもんじゃない。無意識のうちに身体を伸ばし、うつ伏せになって朦朧と
していた。そこを看護婦に見つかり怒鳴られる。この状態で三時間「もう大丈夫」
といわれた時には立ち上がれなかった。長い時間ベットに横になっていた。
病院を出た時は夕方になっていた。このまま家に帰りたいが帰れない。麻酔が全身
にまわっている。かなりフラフラして歩くのも覚束ない。何も食べてないせいもあ
る。「何か食べなきゃ」。レストランに入る。サンドイッチと温かいミルクを注文
する。麻酔のせいで上手くのみ込めない。食べるのを止めた。
ぼんやりした頭で時計を見、時間を計算をしている。家に帰るわけにはいかない。
埼玉県上尾市に住んでいた。帰ってもすぐに出て来ることになる。こんな検査にな
るとは思わなかった。仕事なんか入れるんじゃなかった。すごく簡単に考えていた。
今夜10時から大野俊三のレコーディングがあるのだ。「こんな状態ではまずい…」
テイチク会館スタジオのアシスタントが「1時間前です」と起しにきた。応接室の
ソファーに毛布を被って寝ていた。起き上がり、うつろな状態をみたアシスタント
は「大丈夫ですか」と声をかけてきた。その声は水に潜って聞いているようだった。
冷たい飲み物を持ってきてくれた。ゴクンと飲んだら少し耳が開いた感じがした。
録音のセッティングは指示通り出来ていた。メンバーが三々五々集まってくる。そ
れぞれの位置について音を出している。ドラマーはチューニングしながらドラミン
グをしている。マイクチェックはこの間に済ませる。
誰が始めるともなくセッションになる。この間にほぼ全体のバランスが決まった。
「何からやろうか……伊豫部さんいいですか」と、大野君の声。録音出来るかと聞
いている。OKのサインを出す。ジャズの場合いつもこんな具合にスタートする。
麻酔はまだ覚めていない。音がよく解らない。遠くの方から聴こえる。夢の中で聴
いている感じがする。
演奏が終わったようだ。プレーバックを聴く為にメンバー全員が調整室に入って来
た。私は音を聴くのがつらい。もう聴きたくない。メンバーと入れ替わりに誰もい
ないスタジオに入り椅子に腰掛け眼を閉じた。
突然スタジオのスピーカーが大音量。びっくりのあまり心臓が止まりそうになった。
聴きたくないからここにいるのに。アシスタント気を利かせすぎだ。録音は順調に
進んでいるようだった。訳が分からないうちに午前3時、全て終わった。それはそ
れは気の遠くなった長いながい一日だった。そしてラリラリ状態で運転して帰った。
この文章を書きながらレコードを聴いている。大野俊三のトランペットはどこか日
本人離れしている。すべて書き下ろしの曲もセンスいい。私の体調があんなだった
にもかかわらず録音がよい。実にナチュラル。ピュア。シンプル設計のコンソール
のせいか。いや、一番の要因はスタジオの設計にあると思う。音に落ち着きがある。
ホッとする。こんにちのライブに設計されたスタジオではこうはいかない。ただう
るさいだけ。人は臨場感があると言うが……。
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