2001年1月15日(月)市川秀男トリオのレコーディング初日。
場所は目黒大鳥神社に近いモウリアートワークス。こじんまりした落ち着きのある
スタジオだ。
スタジオのステージは二つに別れている。メインステージ(natural room)にはピ
アノとベース。前室とよばれるサブステージ(dead room)にはドラムをセットした。
サブステージにしてはゆったりとした広さだが、ドラムセットと小物楽器を配置さ
せるとやや出入りがきつい。

メインステージのピアノの市川秀男とサブステージの二本柳守とが、お互いの顔
が見られるようドアのガラスに迫っていた。ベースの加藤真一には二本柳守は見え
ない。このセッティング、3人のアンサンブルを考えると好条件とは言い難い。
メインステージに3人のセッティングは可能だが美しい録音するには無理と承知
していた。ここモウリアートワークスに限らず、ライブに設計されたスタジオでは
私の理想とする録音はかなわない。余計な響きを抑えるためにパーティションを使
用したり何らかの手段をこうじなければならない。
響きすぎて全員ブースに押し込めないと録音出来ないスタジオもある。広いメイン
ステージには誰もいないというのは奇妙な光景だ。
リハーサルが始まった。ピアノのベースへのカブリが気になる。ピアノの開口部
とベースは向かい合っている。ベースの前にはタタミ大のうすいパーティションを
L字型にして横に置いてある。加藤真一はベース用椅子に腰かけプレイする。その
姿勢は前に置いたパーティションから45度に近い角度になってしまい効果がうす
いようにみえる。
アシスタントの福田加奈子に「毛布ない?」と聞いたら、たっぷりした大きな毛
布を持ってきた。マイクスタンドをТ字型に三本立ててそこに毛布を張り巡らす。
ピアノのくびれた部分から、コントロールルームとの間のガラス部分をおおった。
さらにピアノ用の布カバーを二つに折ってピアノ本体の真下に敷いた。しかしどれ
も気のせい程度の改善しかみられなかった。
正しいバランスをとった位置からベースのフェーダーをピアノがスッキリするあ
たりまで下げてみる。約6デシベルだ。物理的にこれ以上遮音する手だてはない。
加藤真一が6デシベル大きくプレーするか、市川秀男が6デシベル小さくプレイす
るしかない。私がそんなバカゲタ注文を言い出せるものではない。6デシベル、そ
の音量は聴感的に倍であります。容易なことではありません。
カブリがピアノを不鮮明にしているのなら、キャラクターの違うマイクロフォン
と替えることも考えられたが替えなかった。それはヘッドフォンでチェックすると
許される範囲だったしサウンドキャラクターもスッキリしていた。モニタースピー
カーだけの問題と判断、この状態で録音に入った。
プレイバックを聴いたあと市川秀男は「ピアノの音ヌケわるくない?」と言った。
スピーカーのキャラクターはともかく、先ずピアノのマイクセッティングを微妙に
調整した。ベースの位置を少し移動させた。どれも私の精神的なことだから具体的
な説明はできない。
2001年1月28日(日)市川秀男トリオ2回目の録音。
セッティングは前回のままだが、ピアノのマイクロフォンを変更した。市川秀男は
スタジオに入るなり一日目のピアノの音のことを言った。自分の装置で聴いて気に
入らなかったみたい。とするとスタジオのモニタースピーカーばかりでもない。
私は最終的に納得してもらえる音になると思っていたので気にしていなかった。
自分のピアノの音が気になるのは精神的によくない。アシスタントの福田加奈子に
マイクを交換するよう指示した。キラキラするキャラクターのものに変更した。
この際だからイコライジングも大きく変わった。モニタースピーカーに合わせただ
けかもしれないが・・・。どっちにしろ素直なミキサーではない。いくつになって
もこんなことのくり返しをしている。
2001年3月13日(火)とびとびだが3回目ともなると、録音上の問題も
落ち着いた。その分音楽に専念できているのか、三人の熱いセッションは続きテー
クを重ねていた。そうか、これまで私のせいで音楽に打ちこめないでいたのか、そ
うだったら反省しなければならない。
午後2時に始まったセッションは10時まで続いた。終って緊張の糸がゆるんだ
のか全員はき古したパンツのゴム状態だった。
2001年3月18日(日)私なにを思ったのかピアノとベースの位置関係を
大きく変更した。3人それぞれがお互いの顔をが見える位置関係になった。
メインステージとサブステージはL字型の関係にある。ピアノとドラムがコント
ロールルームをはさんだガラス越しにお互い顔が見れる位置を発見した。
その位置はメインルームの一番奥の壁とコントロールルームとの間のガラスのコ
ーナー付近だ。ガラスからの反射をおさえる為にピアノのカバーを二つ折りにして
ぶらさげた。そして二枚の衝立をピアノの下側をふさぐように置いた。
ベースはメインステージ入口のドア付近、これまでピアノがあった位置。ピアノ
とベースの間にはマイクスタンドをТ字型に立て毛布で仕切った。
これで三人はお互いの顔が見られる位置関係になった。しかしこの場所でのピア
ノの音はイマイチだった。市川秀男からは音について何もなかったから私の精神的
なことだったのかもしれない。逆に弾きやすいと言った。ピアノの位置が変わった
ことで部屋の響が変わったのだろう。
モニタースピーカーで聴く音は低音部がたっぷりという感じで、これはこれでい
いのだが、左手のサウンドが、加藤真一のベースの音をマスキングし、ラインの動
きが不明瞭、分離がわるく聞こえた。ヘッドフォンでチェックすると問題なかった。
2001年8月16日(木)5ヶ月のブランクあって5回目のセッション。
収録は3月18日の4回目で一応終っていたのだが、気になるテークがあってそれ
を録り直した。
この日の録音の数日前に市川秀男から電話があったとき「ミックスがよくない」
と言った。はっきりそう言った訳ではないが、話のニュアンスから私はそう受け止
めた。私は全てのOKテークをDATにコピーしてもらっていたが聴いていなかった。
言われて聴いたがいくらラフミックスとはいえ、確かにほめたものではなかった。
2曲録り終った後いろいろなチェックの時間に当てた。テークを確認しておきた
いものはマルチレコーダーからラフにミックスしながら試聴した。私は一応ヘッド
フォンで各トラックをチェックした。なにも問題はない。
アンプ内蔵の小型スピーカーが置いてあったのでこれでも試聴した。いい感じだ
った。市川秀男はピアノがピアノの音に聞こえると言った。やや中低音がブーミー
な感じもするが、このスピーカーでラフミックス作りテープを持って帰った。
2001年10月18日(木)この18日と19日の2日間でミックスだ。
だが、ミックスのまえに、ある曲の一部分を録り直すことになっていた。私がスタ
ジオに到着すると、ドラムの二本柳守とベースの加藤真一は楽器のセッティング中
だった。三人揃ったところで録音に突入、三回ほどでOKテークが録れた。
続いてミックスに入るのだが行きがかり上この曲(1月録音)から始めた。随分
時間が経っているので問題なくつながるかが心配だった。本当は3月に録音したも
のから始めるつもりでいた。イメージ的にこの時の音を基準にしようと思っていた。
モニタースピーカーは小型のアンプ内蔵のものを使用すると決めていた。
マスターレコーダーはアナログハーフインチで、スピードは76cm/sec。
不思議に思うかもしれないが最後の最後にこだわるとアナログになる。何故だろう。
説明出来ない。比較試聴した場合、誰もが「こっちがいい」と言う。生理的なもの
なのだ。しかし、ただ今こんにち、ここまでこだわる人は少なくなった。
今回たまたまアナログテープも用意できる、と言われたのでそうしてもらった。
音のことはともかく『かさばって保管場所に困る』『時代の遺物のようなものはも
ういらない』という人もいる。
ディジタルのシャッキリした音に慣れてしまったこんにち、ナマヌルイお湯につ
かっているようで「いやだ」という人もいる。ハードディスクレコーディングの機
能だけに振り回されいる人もいる。人さまざまだが、好みの問題と済まされない訳
のわからない宗教のような一面があるのは事実だ。
私はまったくこだわらない。なんでもいい。こうキッパリいい切る言に、レコー
ディングの果てしない奥の深さと、ウサンクササを感じない人は・・・ダメだな。
ホントだよ!?!?。
テープ編集は何の問題もなく、始からそのように演奏したかのようにつながった。
2曲目もこの一月の録音したものをミックスした。3曲目から三月に録音したもの
をやったのだが、自分がイメージしていたものと少し違っていた。録音時の些細な
ことにはこだわらず、その曲のイメージで音をつくっていくことにした。
小型スピーカーの音は馴れてくるとハイが足りないように感じた。アンプのトー
ンコントロールを調整すればいいのだろうけどそのまま進めた。敢えて不自由な感
じで音を整理していったほうがいいのかもしれないと思った。